2015年11月29日日曜日

<11月28日、今年最高の一日だった>

エル・スールレコーズへ行くと、先客でYさんがいた。先日の家宝級の写真をもらう。スウエーデン人の美女の前でアバの「ダンシング・クイーン」を歌って踊ったことで、オイラが「面白い人ね..」になったようだ。オイラの影響か、彼女が家宝級のあとにカラオケへ行って「ダンシング・クイーン」を歌ったという話が最高に楽しかった。

少しすると師匠が登場。糖質ダイエットの話をする。正直、オイラもこのダイエットを続行するか、いま悩んでいる。ホネカワスジエモンになり過ぎた。ジムの風呂を上がって自分の体を鏡で見るとヨボヨボの爺さんに見えるのだ。痩せるのもいいが、年相応の肉体にならないと、しかし、洋服のサイズが....トホホ...

次にシャバコが登場。エルスール顧客の中では一番マメに通う若手だ。相変わらず、お酒が入ると豹変する。昨夜も師匠の股間を触ろうとしていた。宇宙一醜い写真を撮ってやった。

ちびちび飲んでいると外人さん団体が入店。聞けば、アルジェリア人(ベルベル系)の歌手の人であるようで、ライブのあとに店に寄ったようだ。ラシッドさん、めちゃカッコいいので写真を一緒に。ファンになりそう。弟さんが神戸でアルジェリア料理店をやっているみたい。この弟さんのなんちゃって関西弁が痛快だった。オイラも大阪在住時に同じようななんちゃって関西弁を操っていたから余計に楽しかった。一緒にいた方(フランス人)のストールが可愛かったので、褒めてたらそのストールをプレゼントされて感激してしまった。オイラもそんなダンディなオヤジになりたいと...

また、少しすると、今度はインドネシア・レコ(ロカナンタ10吋 )を持参された方が入店。そのレコを肴に師匠と久しぶりにインドネシア・レコの話をした。有意義だった。

と、携帯がなる。そう、昨夜のメーンは憧れのRさんとの初デート。お店をどこにしようか、悩んだ挙句、「なるきよ」にした。あいつには、いろいろ世話になってるし..いや、彼にレコードを売って飲み代をまけてもらおうという、セコイ魂胆もあった。Rさんとのお話、いろいろたのしかったなぁ、いただいた和菓子もおいしかった。最高の夜だった..と言いたい所だが、オイラが「なるきよ」に行くことをエルスール店長に話してしまったので、オイラとRさんがいい雰囲気で飲んでいると、店長と師匠が店にやってきた。なんだか、保護者に見守られてる初デートのようだった。 でも最高!!美味しかったし。

帰る時になるきよにお弁当をもらう。しかし、この家紋?は何なのだ。あいつらしいとほくそ笑む。

一日にこれだけ楽しい方々にお会いできて最高の一日だった。くしくも母の命日だった。

残念ながら、エルスールでスマイリーオオタケさんにお会いできなかったのが、悔やまれるが..

2015年11月15日日曜日

昨夜、久しぶりにエルスールでSさんに逢う。このアルバムが好きということで、さすがだなぁ、と思った。新橋のおもしろうそうな飲み屋を教えてもらったり、短い時間だたが、有意義な会話だった。Sさんが着ていたGAPのコートがかわいかったなぁ、男性用らしくオイラもほしくなった。
 
是非、インドネシア・カセット争奪戦金沢杯をお願いしたい。なぜならオイラの周りには30代~40代前半の人達で古いカセットをさがしている人達が10人ぐらいいる。残念ながら彼はら世代的にインドネシアのカセット文化を体験できなかった人達。何とか次の世代に繋げていくためにもお願いしたい。
 
そういえば、オイラは羽田空港時代、ボンバ・レコードの面接をうけて、見事に不採用だったのだ(笑)

2015年11月5日木曜日

1995 8.19 Live Di JAKRTA
この日、モナス周辺では独立50周年を祝うべく、いくつかのステージが作られた。各々のステージでは様々なミュージシャンがライブを行う。我々ジャカルタ兄弟は運よく、その時が旬のダンドゥット・アーティストがライブを繰り広げるステージに遭遇。いや、ちゃんと情報取集をした結果だった。
個人的には、このライブは四半世紀のダンドゥット人生において最高の一曲だと思っている。後にも先にも、このマイケル・ダンドゥットを超える楽曲、いや、彼女のような踊りを披露するアーティストはもう出てこないだろう。これでムーン・ウォーカーまで踊られていたら気絶していた。オリジナル音源では味わえない、ライブだけの醍醐味だったのだ。ちなみに、司会はイチェ・トリスナワティの元旦那のEDDY SUDで05年に他界。
実は、この10日ぐらい前にも彼女のライブを観ているが、野外の大きな会場だったため、臨場感に欠けた。そこでは彼女と少し話したが、普段はおとなしくてかわいらしくて、ステージとのギャップが...90年代を代表する大好きな歌手の一人なのだ。

2015年10月18日日曜日

<家宝級の夜>

いや~楽しかった。美女軍団&選曲むちゃくちゃでしょ。スゥエーデン人美女の前でアバの曲、「YOU CAN DANE...」と歌うし。「レコファンNO2みたいになるな」とダウンタウンレコードの店主に説教&ナカレコさん経由の若者にも説教。唯一の救いは、アキラにあげたレコプレゼントを彼女が喜んでくれたこと。オヤジは救われたぜ!フロアが空いたので自分でダンドゥットかけて、自分で踊るし。四半世紀以上付合いのあるH氏のこんな姿初めて見たし。素晴らしい夜でした。
<家宝級の夜>

いや~楽しかった。美女軍団も選曲も。むちゃくちゃやろ。酔って、レコファンNO2みたいにならないようにと、ダウンタウンレコードの店主を説教してるし。「YOU CAN DANCE...」てアバ歌うし。フロアが空いたので自分のかけたダンドゥットで踊っているし。四半世紀以上も付合いのあるH氏のこんな姿初めて見たし。楽しすぎた....

2015年10月14日水曜日

メチャ、真剣に読んでる。仕事柄、いや、将来の自分がここにあるから..「自分はそうならない」そういう奴が一番危ない。そんな人を何人も見てきたし..まぁ、時間があったらこの二冊のオイラの考えをブログに述べるとしよう。

2015年10月6日火曜日

全国競艇ソング 第1集



先日、酔って、やふ億を見ていたら、このレコに4700円の値がついて、入札者が一人いた。何なのだ、「和モノ」とかつまらないこと言っている輩なのか、それとも熱心な競艇ファンなのか、どうでもいいけど、オイラは300円でその昔入手した。なぜなら「平和島競艇ソング」が収録されていたからだ。

70年代前半の小学生の夏休み、学校のプールがない時は、ひたすら平和島プールに通っていた。当時、平和島温泉の隣にあった、ウォーター・スライダーがあったプール(名前忘れた)は、入場料が高くて行けず、もっぱらその先にある区営プールだった。100円。ちなみに、この区営プールには、芝生のくつろげるスペースがあって、若いアベックの女性の方が、乳ポロリをしていたのは、今でも忘れられない。

プールに行く途中に橋があり、そこからよく競艇開催時に上記ジャケのような光景が観れたのだ。プールの帰り、よくその橋の上でオヤジ達を観察していた。いや、オヤジ達が捨てる赤鉛筆を拾いに行ったのだ。学校で使おうと思って...

競艇場に入らないのか、入る金がないのか、よくオヤジ達がその橋の上からやれ、「させ」「まくれ」「かませ」と怒鳴っていた。小学生だったオイラ達は何を言っているかわからず、「でも、何かたのしい」という実感があって病みつきになった。

ある夏の日のプールの帰り。友人がオイラにささやく。「あれ?あの人、プー(オイラの小学校のあだ名)のオヤジじゃねぇの」よく見ると、オイラの父親だった。当時、オイラの父親は失業中だった。今から思えば、大森の職安へ行った帰りなのかと思うが、その時は「母ちゃんがパートで頑張っているのに」と泣きながら帰ったのを覚えている。

「出るか大穴 好レース「さし」と「まくり」の平和島 」 平和島競艇ソングの歌詞を聴くたびに、その時の光景がよみがえってくる。いいも、悪いも70年代前半だ。

第2集があるのか、オイラはしらない、いや、興味がない。